男性不妊と漢方
意外と気が付かない精子の問題
日本における不妊とは「健康な夫婦が避妊をしないで夫婦生活を送っているにもかかわらず、2年間妊娠しないこと」と定義されています。日本では現在、不妊で悩むカップルは10組に1組と言われていますが、この中には子供を望まないカップルも含まれているため確実なデータとは言えないようです。
さて、そんな中でWHOから興味深いデータが挙げられています。不妊で悩む原因を「女性のみ」「男性のみ」「男女とも」「不明」の4パターンに分けた場合、「女性のみ」が41%、「男性のみ」が24%、「男女とも」が24%、「不明」が11%になるのだそうです。
上記のように、男性が原因といわれるケースはおよそ半数であり、現代において男性不妊は決して珍しいことではないことが分かります。ではなぜ未だに「不妊症は女性に問題がある」という認識の人が多いのでしょうか?
その一つの原因として、男性不妊の場合、射精障害やEDでないかぎり自覚症状がない、ということが挙げられます。精液検査をしないと分からないことが多いのですが、男性の中には病院で精液を検査することに抵抗を感じる人も多いのかもしれません。
妊活は夫婦で協力するものです。まずはご夫婦で婦人科を受診されることをお勧めします。
精液検査における精子の正常値
WHOの精液検査の正常値は以下の通りです。
- 精液量…1.5ml以上
- 精子濃度…1500万/ml以上
- 総精子数…3900万以上
- 運動率…40%以上
- 精子正常形態率…15%以上
- 総運動精子数…1560万以上
男性不妊の90%を占める造精機能障害
精子を作り出す機能に問題がある障害で、精巣や内分泌系(ホルモンなど)の問題と言われています。造精子障害には以下のような種類があります。
無精子症
精液中に精子が一匹もいない状態。
精巣に精子が存在していれば、顕微授精などの不妊治療で受精・妊娠することは可能です。
乏精子症
精液中に精子を確認できるが数が少ない状態。
数にもよりますが、場合によってはタイミング療法も可能です。
精子無力症
精子の数は正常だが、運動率が悪い状態。
運動率によってタイミング療法、人工授精、顕微授精などの治療になります。
漢方における男性の加齢に伴う変化
漢方や中医学では男性の加齢に伴う変化について「8の倍数」という考え方があります。
文献を少し噛み砕いて記載すると…
- 8歳…髪がふさふさと生えてきて、歯もしっかりしてくる。
- 16歳…生殖能力が発達する。
- 24歳…骨格が充実し生殖能力も充実する。
- 32歳…体格的にもホルモン的にもピークを迎える。
- 40歳…体力的にもホルモン的にも低下を感じられるようになり髪の毛の張りや太さがなくなりや歯の弱りを感じる。
- 48歳…肌の張りもなくなってきて、しわが出るようになる。白髪も目立ちだす。
- 56歳…明らかな筋力の低下、勢力の減退がみられるようになる。
当然、時代背景や生活習慣によって変わるため誰にでも当てはまることではありませんが、おおよそこの流れに当てはまる人が多いようです。この考えを参考にすると男性の生殖能力のピークは32歳前後ということになります(ちなみに2013年の男性の初婚年齢の平均は30.9歳)。
漢方における原因
腎虚
腎虚とは腎の働きが低下した状態です。
漢方や中医学における腎には生殖や発育、成長といった役割もあり、「腎は精が蓄えられるところ」と考えられています。
腎と老化については、「人の老化は腎の老化」とも言われ、32歳をピークに腎の衰えを感じる人が増えてくるようです。
加齢と共に生殖能力の低下を感じる場合は腎虚を疑うと良いでしょう。
腎虚に特徴的な症状
- 腰がだるい
- 腰痛
- 物忘れ
- 耳鳴り
- 精液が薄い
- 抜け毛が目立つ
- 白髪
気虚
気虚とは気が不足した状態です。
気は心と体を動かすエネルギーのような存在です。
精子を作るにしても、勢いよく射精するにしても、また性行為をしたいという気持ちになるにも、体に気が満ちていなくてはいけません。そもそも、気が不足する「気虚」は肉体的にも精神的にも疲労感を感じやすく、まさに「無気力」な状態を生みます。無気力な状態は性行為以前の問題とも言えます。
気虚に特徴的な症状
- 疲労感が強い
- 胃腸が弱い
- 下痢や軟便
- 眩暈や立ち眩み
- 顔色が良くない
- 顔に覇気がない
湿熱
湿熱とは体の中の余分な水分と余分な熱が合わさったような状態です。
油っこい食事や飲酒を好み、肥満気味で運動不足、浮腫みやすく、陰部のかゆみなどが度々起こる人に多く見られます。
舌の表面に黄色っぽい苔のようなものが生えていれば、まず湿熱の存在を疑います。
精子は熱と湿気に弱いことが報告されています。
これはサウナや自転車、長距離の運転、ノートパソコンを膝の上に置くなど、外部的な熱でも起こりえますが、湿熱のように体の中にこもっている熱も精子にとって悪条件です。
熱と湿は漢方や中医学では奇形が増えやすく、射精障害も起こりやすいと考えられています。
湿熱の特徴的な症状
- 倦怠感
- 頭重感
- 痰が絡む
- ムカムカする
- 軟便
- すっきりと排便できない
- 眠りの質が良くない
- 舌の苔の色が黄色
漢方薬とお勧めの食材
腎虚
腎が弱っている人は腎の働きを良くする補腎薬を服用するのがお勧めです。
補腎薬には参馬補腎丸や杞菊地黄丸、瀉火補腎丸、至宝三鞭丸、参茸補血丸、八仙丸など様々な処方があります。
腎虚には腎陰虚と腎陽虚があるため、体質に応じて漢方薬は選ばなくてはなりません。
腎陰虚は陰の不足が起きているため、火照りや手足の熱感を伴うことがあります。
腎陽虚は陽の不足が起きているため、冷え性を伴うことがあります。
有名な処方である八味地黄丸は腎陽虚に使う処方なので、選び方を間違えると体質の悪化にもつながるので要注意です。
腎陰虚にお勧めの食材
- 牡蠣
- シジミ
- アサリ
- 海藻
- のり
- キウイフルーツ
- アワビ
- クラゲ
- イカ
- 貝柱
- ゴマ
- 黒豆
- キャベツ
- ブロッコリー
- ゴボウ
- サツマイモ
- ブドウ
- 栗
- エビ
- ひじき
- トウモロコシ
- ゴーヤー
- キュウリ
- 大根
- トマト
腎陽虚にお勧めの食材は
- 羊肉
- エビ
- 鰻
- ナマコ
- クルミ
- ニラ
- アワビ
- クラゲ
- イカ
- 貝柱
- 豆
- ゴマ
- 小麦
- 山芋
- クルミ
- クコの実
気虚
気虚は脾の働きを良くし、気を生成する力を高める漢方薬がお勧めです。
代表的な漢方薬に補中益気湯があります。
病院などでも男性不妊に補中益気湯が処方されるケースが目立ちますが、これは気虚タイプの男性にはとても有効です。温める性質があるので、火照り症の人は服用を避けたほうが良いでしょう。
その他にも帰脾湯なども使われます。帰脾湯は女性によく使われるイメージが強いですが、血虚症状が目立つ男性にも使用が出来ます。特にストレスから不眠や情緒不安定、不安感などがある場合は良いでしょう。
気虚にお勧めの食材
- ニンジン
- ジャガイモ
- サツマイモ
- サトイモ
- 山芋
- 舞茸
- 椎茸
- 肉類全般
- 鰻
- 鱈
- 鮭
- 秋刀魚
- 鯖
- 鰹
- 鰯
- タコ
- イカ
- 米
- 卵
- 小麦
- 生姜
- 赤身の魚全般
- アサリ
- シジミ
- 牡蠣
- ひじき
- ほうれん草
- 小松菜
- 玉葱
- イチゴ
- ブドウ
- 棗
- 桃
- ライチ
湿熱
湿熱は体の熱と湿を取り除く漢方薬がお勧めです。
代表的なものに温胆湯や茵蔯五苓散などがあります。
温胆湯は竹茹の清熱作用と半夏、陳皮、茯苓などの燥湿作用がバランスよく組み合わさり、清熱化痰の代表的なものです。胸の辺りが悶々としたり、気持ちがソワソワする人にも良いでしょう。
茵蔯五苓散は利尿する力が強いです。アルコールや油っこいものの取り過ぎにより顔色が萎黄色になっていれば水分をしっかりとりつつ茵蔯五苓散を服用すると、清熱除湿に効果的です。
湿熱による体調不良はその原因となる暴飲暴食やアルコールを控えることも重要です。
湿熱にお勧めの食材として
- 白菜
- ネギ
- ナス
- もやし
- ゴボウ
- 大豆
- 枝豆
- 緑茶
- 鯵
- 鯖
- わかめ
- 昆布
- トウモロコシ
- 玄米
漢方や中医学では男性の生殖問題改善には「補腎 補気 清熱除湿」を重要視しています。人によって補腎のみで良い人や、補腎と補気を同時にする必要がある人、補腎も補気も清熱除湿もやらなくてはいけない人など、状況によって使用する処方は変わってきます。そのため、一概に誰にでも同じお薬を使うということはありません。
また、漢方薬の服用以外にも
- サウナ、熱い風呂に長時間入らない!
- 股間を長時間圧迫しない(バイカーやデスクワーカーは注意)!
- たばこ、深酒を控える!
- 夜更かしをしない
- 過剰な精刺激(AVや風俗など)は控える!
- ストレスをため込まない(運動すべし!)
などを意識することも大切です。
日々の養生を意識しつつ、それでも補えない場合には漢方薬を上手に使い分けましょう。