動悸と漢方
漢方や中医学において動悸は心悸と呼び、心臓が拍動し不安になる症状全般をさします。ささいな出来事にも驚いて胸がドキドキし不安になることもあれば、激しく動悸することもあります。
頻脈、徐脈、不整脈、心筋炎、心不全以外にも自律神経失調症や心臓神経不安症、鬱症などでも起こりえるため、頻度が多い場合は改善が必要です。
動悸の原因
心気血不足
心気血不足とは心の気血が不足した状態です。
心は全身の血を統括し血液の運行を担っています。
心気は心を正常に動かすため、心気が不足すると血液の運行を低下させます。
血液の運行が低下すると水液と血の流れは悪化し、それぞれ痰飲や瘀血となり、さらに動悸を悪化させます。
また、血には精神を安定させる働きがあります。
精神疲労や気血の不足、出血疾患により血が消耗されると、不安感をともなう動悸が発生するのです。
気と血には『気血同源』という概念があり、気と血は同じように作られます。そのため、気の不足は血の不足を招き、血の不足は気の不足を招くことが多いです。
心気血不足に特徴的な症状
- 驚きやすい
- 不安感
- 不眠傾向
- 夢をよく見る
肝腎陰虚
肝腎陰虚とは肝と腎の陰(血水)が不足した状態です。
肝には「血を蔵す」働きがあり、肝の血が不足するとその影響が心血の不足をまねき、動悸が現れます。また陰が虚することにより、体の陰陽のバランスが陽に傾き、体の中で虚火が発生し精神を乱すため、気持ちのそわそわ・イライラを伴う動悸が生じます。
一般的に陰虚体質の人、陰血を消耗する疾患、女性の更年期障害の方に多くみられます。
肝腎陰虚に特徴的な症状
- 不安感
- 気持ちのソワソワ
- 不眠傾向
- 手足が火照る
- 耳鳴り
- 眩暈
- 腰痛
心腎陽虚
心腎陽虚は心と腎の陽気が低下している状態です。
心気虚がさらに悪化すると心陽虚になり、その影響で腎の陽も低下することがあります。
心気虚よりも症状が重く、慢性化しやすく、体の水分代謝が低下し浮腫みを伴います。
心腎陽虚に特徴的な症状
- 息切れ
- 顔色が白く浮腫む
- 四肢の冷え
- めまい
- 疲労感
- 倦怠感
- 腰痛
- 精力の低下
瘀血
瘀血とは血行不良に近い考え方です。
脈中に瘀血が存在することで血の流れが妨げられ、気血の運行が障害され動悸が発生します。瘀血は冷え、ストレス、疲労、睡眠不足など様々なことが要因となり、デスクワーカーが増えつつある日本においては国民病となりつつある症状です。
瘀血に特徴的な症状
- 頭痛
- ツキッとした胸の痛み
- 顔色が暗い
- 唇が暗い
- 四肢の冷え
- 目の下のクマ
- 静脈が浮き出る
肝鬱気滞
ストレスや感情の変動により気血の運行が阻害されると気滞血瘀の状態が生じ動悸が現れます。気の巡りと血の巡りは並行するため、気の流れの停滞から瘀血になる事もあれば、瘀血から気の巡りが悪くなることもあります。 肝には疏泄作用と呼ばれる自律神経系のコントロールに近い役割があるため、肝が乱れると情緒が乱れやすくなります。
肝鬱気滞の特徴的な症状
- イライラする
- お腹の張りがある
- こめかみの頭痛
- 鬱々とする
- 目の疲れ
- 肩こり
- 怒りっぽくなる
漢方薬とお勧めの食材
心気血不足
心気血不足を改善するには心の気血を回復させる漢方薬をお勧めします。
代表的な漢方薬に帰脾湯や炙甘草湯、生脈散があります。
帰脾湯は脾胃の働きを良くしつつ気血の生成を促すため、胃腸が弱い方にお勧めです。
補血薬がやや多いので、生理がある女性の健康維持などにも使用されます。
炙甘草湯は帰脾湯に比べさらに補血作用が高いです。炙甘草湯は別名『復脈湯』と呼ばれ、心気血不足による動悸を改善する代表的な処方と言えます。
生脈散は補血作用を期待することはできませんが、人参による補気作用が高いです。気虚による動悸であれば、有効です。
心気血不足にお勧めの食材
- ニンジン
- ジャガイモ
- サツマイモ
- サトイモ
- 山芋
- 舞茸
- 椎茸
- 肉類全般
- 鰻
- 鱈
- 鮭
- 秋刀魚
- 鯖
- 鰹
- 鰯
- タコ
- イカ
- 米
- 卵
- 小麦
- 生姜
- 赤身の魚全般
- アサリ
- シジミ
- 牡蠣
- ひじき
- ほうれん草
- 小松菜
- 玉葱
- イチゴ
- ブドウ・棗
- 桃
- ライチ
肝腎陰虚
肝腎陰虚を改善するには肝と腎の陰を補う漢方薬がお勧めです。
代表的な漢方薬に杞菊地黄丸があります。
杞菊地黄丸は枸杞子、菊花で肝の陰を補いつつ、陽を抑える働きがあります。
杞菊地黄丸の骨格となる六味地黄丸は腎陰を補い、心の陽を抑えることが出来ます。
腎陰虚の症状が重く不眠や火照りが強いのであれば、天王補心丹なども良いでしょう。
肝腎陰虚にお勧めの食材
- 牡蠣
- シジミ
- アサリ
- 海藻
- のり
- キウイフルーツ
- アワビ
- クラゲ
- イカ
- 貝柱
- ゴマ
- 黒豆
- キャベツ
- ブロッコリー
- ゴボウ
- サツマイモ
- ブドウ
- 栗
- エビ
- ひじき
- トウモロコシ
- ゴーヤー
- キュウリ
- 大根
- トマト
心腎陽虚
心腎陽虚は心と腎の陽気を高める漢方薬がおすすめです。
代表的な漢方薬に参茸補血丸や真武湯が挙げられます。
参茸補血丸は腎陽を高めつつ、血を補うため、心の気血も回復させます。
虚弱体質や妊活を目的としている人にも使用されることが多いため、過労で動悸も起きてしまう場合にはお勧めです。
真武湯は腎の陽を高めつつ利水(体の不要な水を排出する)作用もあるため、陽気がなく浮腫みが強い人にお勧めです。
心腎陽虚にお勧めの食材
- 羊肉
- エビ
- 鰻
- ナマコ
- クルミ
- ニラ
- アワビ
- クラゲ ・イカ
- 貝柱
- 豆
- ゴマ
- 小麦
- 山芋
- クルミ
- クコの実
瘀血
瘀血を改善するには活血化瘀薬と呼ばれる漢方薬がお勧めです。
代表的な漢方薬に冠元顆粒、温経湯、血府逐瘀丸があります。
冠元顆粒は中国の狭心症治療薬「冠心Ⅱ号方」をもとに日本で発売されている処方で、全身の血行を改善する作用があります。狭心症以外にも肩こり、冷え症、生理痛、関節痛、不眠など血行障害全般に広く使われます。
心の気虚が目立つようであれば、心気を補う漢方薬と併用するとより効果的です。
温経湯、血府逐瘀丸も同様の働きがありますが、血府逐瘀丸は活血と気の巡りの改善のバランスが良いため、気滞血瘀には血府逐瘀丸の方が適する場合もあります。
瘀血にお勧めの食材
- キャベツ
- ニラ
- ネギ
- レモン
- ミカン
- 梅
- 酢
- 玉葱
- ナス
- 鯵
- 鰯
- 秋刀魚
- ひじき
- サクランボ
- 桃
- 紅花
肝鬱気滞
肝鬱気滞を改善するには肝の働きを良くし、気の巡りを改善する漢方薬がお勧めです。
代表的な漢方薬に加味逍遥散があります。
逍遥散はストレスによる体調不良の基本処方です。ここに牡丹皮、山梔子の2種を加えたものが加味逍遥散です。熱を取る働きが追加されているため、イライラしてカッカしている人に使われます。動悸が強い場合は酸棗仁湯を併用するのが良いでしょう。他にも熱症状が出ている場合で口臭や気持のそわそわ、不眠などがあれば竹茹温胆湯も良いかと思います。
瘀血と気滞は併発することが多いため、瘀血を改善する漢方薬を併用するのも一手です。
肝鬱気滞にお勧めの食材
- キャベツ
- ニラ
- ネギ
- レモン
- ミカン
- 梅
- 酢 ・玉葱
- ナス
- 鯵
- 鰯
- 秋刀魚
- ひじき
- サクランボ
- 桃
- 紅花
- 陳皮
- 菊花
動悸は一過性のものも多く、あまり気にしない人も多いでしょう。
しかし、正常に動いているものが不安定になるというのは体の何かが乱れている証拠です。
その他の体調不良と併せて、改善の余地を感じる場合は漢方薬による対策を考えていきましょう。