下痢と漢方

下痢は誰しもが経験したことがある不調であり、人によってはQOLの著しい低下にもつながる症状の一つです。

漢方や中医学では下痢が起こる原因を主に5タイプに分けて考え、その原因に応じて服用する漢方薬や生活養生が大きく変わってきます。

漢方における下痢の原因

外感泄瀉

外感世瀉とは体質的な問題というよりも体の外部の要因が引き金となって起こる下痢です。
特に過剰な水分の摂取による『湿邪』におる下痢と、胃腸を冷やす『寒邪』による下痢は代表的です。
『冷たい飲み物をたくさん飲んだら下痢をした』という経験は誰しもが一度はあるでしょう。
特に冷たいものをゴクゴクと飲みがちな夏場に多いタイプの下痢です。

外感泄瀉によくみられる特徴

  • 粘り気のない水のような便で臭いも少ない
  • 腹痛を伴う
  • お腹がゴロゴロとなる
  • 食欲が低下する
  • お腹が張る感じがする
  • 悪寒がある
  • 頭痛がある
  • 発熱をする場合もある

食傷泄瀉

食傷泄瀉とは暴飲暴食がもたらす胃腸機能の低下による下痢です。
先ほどの外感泄瀉に近い部分もありますが、胃腸の機能が低下している分、長期化しやすかったり、改善方法が異なる部分があります。
脂っこい食事、生もの、甘いものをとりすぎる人に多いタイプの下痢です。

食傷泄瀉によくみられる特徴

  • 悪臭が強い便
  • 腹痛がある
  • 便意を催すとトイレに間に合わないくらい急激な症状を起こす
  • 排便後に肛門の灼熱感がある
  • 肛門に灼熱感がある
  • イライラする
  • 口が渇く
  • 尿が黄色くなる
  • 口臭がある

肝鬱泄瀉

肝鬱泄瀉とは別名『ストレス性下痢』の事です。
漢方の世界において『肝』には疏泄機能と呼ばれる機能があります。
疏泄機能とは気血の流れを安定させる機能で、これが西洋医学における自律神経を整える機能によく似ています。
肝の機能が低下し、気の流れが『鬱滞する』ことが、肝鬱と呼ばれる状態で、胃腸機能を正常にコントロールできなくなります。
日頃からストレスを感じやすい人、夜勤など生活リズムが安定しない人に多いタイプの下痢です。

肝鬱泄瀉によくみられる特徴

  • 精神的に緊張すると下痢が起きる
  • 精神的に不安定である
  • わき腹が張る感じがする
  • げっぷが出る
  • 息が深く吸えない感じがある
  • 食欲が低下する

気虚泄瀉

気虚泄瀉とは胃腸機能そのものが弱いことによる下痢です。
下痢を発症する人の多くがこのタイプの下痢です。
このタイプは体質的な問題が根深いため長期化しやすく改善も根気強く行う必要があります。
このタイプの下痢は体力の消耗も激しく、疲労感、免疫力の低下なども招きやすいので、早めに改善に取り組みましょう。

気虚泄瀉によくみられる特徴

  • 軟便、水様便、便秘と便の状態が不安定である
  • 便に未消化物が混じる事もある
  • 食欲の低下
  • 顔色が優れない(くすんだ色)
  • 疲労感
  • 無気力

陽虚泄瀉

陽虚泄瀉とは腎の陽気が低下することにより起こる下痢です。
漢方において腎は『人の老化は腎の老化』という言葉もあるほど、老化ととても深い関係にある臓です。生命力や生殖能力にも大きく関わります。
そのため、ご高齢の方や生殖能力が低い方、生命力が弱い方に多く見られます。
気虚泄瀉と同じように体質が原因で起こる下痢のため長期化しやすく改善も根気強く行う必要があります。

陽虚泄瀉によくみられる特徴

  • 起床時や明け方に腹痛を伴う下痢をする
  • 手足が冷えている
  • 腰痛がある
  • 夕方以降に強い疲労感がある
  • 声が小さい
  • 性欲の低下

上記のように外感泄瀉・食傷泄瀉・肝鬱泄瀉は急性の下痢、気虚泄瀉・陽虚泄瀉は慢性の下痢であることが分かります。
臨床の現場では気虚泄瀉・陽虚泄瀉の体質の人が外感泄瀉・食傷泄瀉・肝鬱泄瀉を併発していることがほとんどです。
一時的な下痢であればさほど問題にはなりませんが、長期的な下痢であれば体質改善をしていきましょう。

漢方薬とお勧めの養生

外感泄瀉

体質には問題がなく、冷たい飲食による一時的な下痢であるため、漢方薬は対処療法的な使用をします。
代表的な漢方薬に勝湿顆粒があります。胃腸の働きを整える白朮を中心に、風邪の初期症状の緩和、大便に流れる水分を小便に持ってくることなどが期待されます。夏場などについつい冷たい飲食をしてしまい胃部不快感や下痢をしてしまう場合に良いでしょう。
他にも面白い漢方薬に胃苓湯があります。これは平胃散と五苓散を併せたもので、お腹を温める力も強く、利尿作用もしっかりあります。尿量が少ないタイプの下痢に適しているでしょう。

養生としては冷たいものや過剰な水分を控え、胃腸を温める生姜などをスープとして飲むと良いでしょう。無理にご飯を食べると症状が悪化してしまう場合もあるので、なるべく胃腸を休ませるようにしましょう。

食傷泄瀉

暴飲暴食により発生した食傷泄瀉は下痢を止める事よりも消化を助けることを優先すると良いでしょう。食傷泄瀉は排便してしまえば症状が改善してしまう場合も多く、特に漢方薬を服用する必要はないかもしれません。しかし、暴飲暴食が日常化している場合は、山査子・麦芽・神麹などを食後にお茶として飲むようにすると良いでしょう。
もし夕食などで暴飲暴食してしまい、翌朝にお尻がヒリヒリと熱く感じるような下痢をしてしまった場合には黄連解毒湯のような清熱作用のある漢方薬を服用すると回復が早くなるでしょう。

養生としては言わずもがな、暴飲暴食は避ける事です。

肝鬱泄瀉

ストレスが原因で起こる肝鬱泄瀉はストレスを緩和させる漢方薬を服用します。
日常的に緊張や不安を感じやすい人は日頃から予防的に服用すると良いでしょう。
有名な漢方薬に柴苓湯があります。柴苓湯と聞くと妊娠中の流産予防として服用される人も多く比較的認知度が高い漢方薬と言えます。
柴苓湯は小柴胡湯に五苓散を合わせたものです。小柴胡湯はストレスの軽減を、五苓散は便に流れる水分を尿へと移行させる働きがあります。
よりストレスによる症状が強い場合は逍遥顆粒が良いでしょう。
下痢を止める力はさほどありませんが、当帰や白芍など養血作用がある生薬が入っているので女性にはより適していると言えます。妊娠中に柴苓湯を服用される人が多いですが、個人的には逍遥顆粒の方が適しているようにも思えます。

気虚泄瀉

体質的な胃腸の弱さが原因で起こる気虚泄瀉は胃腸を丈夫にしていく漢方薬を服用します。
下痢を頻発するほとんどの人に気虚泄瀉がみられます。
代表的な漢方薬には香砂六君子湯や参苓白朮散があります。
香砂六君子湯のほうがより気の巡りを強くする作用があるため、ストレスなどが加わるとお腹がゴロゴロと鳴り出し、下痢をしてしまう人は香砂六君子湯が良いかもしれません。
参苓白朮散は脾そのものを元気にする生薬が多く、長期的な体質改善には向いています。
特に顔色がくすんだ黄色をしていて、やせ型、疲労感が強い人は参苓白朮散が良いでしょう。

養生としては冷たいもの、生もの、消化の悪いものを極力避ける事です。
食事は火の通ったものを温かい状態で食べるようにしましょう。
大根おろしや生姜、キャベツなど消化を助けたり胃腸を温める食材は意識的に食べると良いでしょう。

陽虚泄瀉

胃腸の弱りだけでなく腎陽の弱りもみられる陽虚泄瀉は腎の陽気を高めつつ胃腸を丈夫にする漢方薬を服用します。
代表的な漢方薬に参馬補腎丸や真武湯があります。
参馬補腎丸は日本にしかない漢方薬で、腎陽を高めつつ胃腸の働きも良くするので、年配の方で冷えを感じやすく下痢をしやすい人にはお守りの漢方薬と言えます。
真武湯は5種の生薬からなる非常にシンプルな漢方薬ですが、腎陽を高めつつも利尿する働きがあります。附子が入っているので長期的な服用は少し控えたほうが良いかもしれません。

養生としては気虚泄瀉と同様で、冷たいものや生もの、消化の悪いものは極力控えましょう。
腎陽は加齢と共に低下する傾向があるので、腎陽を高める食材(羊肉、エビ、鰻、ナマコ、クルミ、ニラ)などは積極的に食べると良いでしょう。

また腎は腰の位置にあるので、腰を冷やすのも良くありません。
腹巻などでカバーすると良いでしょう。

まとめ

下痢は急性で起こるものもあれば体質的に慢性化するものがあります。
しかし共通しているのは、根本的に胃腸が弱い人に起こりやすい、ということです。
そういう意味では日頃から胃腸を丈夫にする漢方薬を服用しておくことはとても大切です。
食事にも気を付けて、下痢をしない健やかな毎日を過ごしていきましょう。

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